東京新聞:7月25日 東海村・村上村長引退の記事に寄せて

  • 2013年7月25日 20:26

海村の村上達也村長が茨城県庁で二十四日会見し、引退を表明された記事が、7月25日の東京新聞に載りました。中国の詩人・陶淵明が退官の決意をうたった「帰去来辞」の一節を引用して、まさに『帰りなんいざ、田園まさに荒れなんと す』という心境、と云うことでしたが、その主な一問一答の会見記事のなかに、共感する所があり、取り上げました。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

【震災以降「脱原発」を表明し、社会は変わったと思うか】と云う質問に

「参院選を見ると、表層雪崩のようにどんどん悪い方に行っている気がする。大震災や原発事故を経験して、経済や発展を優先する日本人の価値観が変わり、もっと地に足が着いた社会を目指していくのかと思っていたが、そうなっていない。しかし、原発問題については完全に変わった。参院選では争点にならなかったが、過半数以上の国民が原発廃止を求めているはずだ。」

【脱原発派の先頭で旗を振り続けるつらさを感じたことは】と云う質問に

「私は鈍感だからあまり感じなかった。原発問題は日本の構造的な問題。これを解決しないと、民主化も新しい産業の発生もない。原子力業界は強大な権力集団で、民主主義に反するものだ。福島であれほどの事故を起こしながらも、そういう権力集団があるために方向転換できない。最後は自滅に向かっていくと心配している。日本の将来を考えて、言うべきことは言わなくてはならないと危機感を持っている。今後は憲法問題についても発言していきたい。」
・・・・・・・・

【村長の辞任で脱原発の流れが変わる可能性は】と云う質問に対して

「変わらない、と私は思っている。中央で原発再稼働の動きが急になってきて強い危機感を持つ人たちが増えている。私が辞めることによって変わることはないと確信している。」

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

 

このように書かれていました。私もまた、世の中の価値観が少しでも変わり、もっと地に足が着いた社会になると思い願っていましたが、残念なことに、そのよ うになっているとは思えません。ただ、もしかしたら、深い所でゆっくりと変化していて、徐々に顕在化して来ているのかも知れませんが、いわゆる、村上氏謂うところの民主主義に反する権力集団があまりに強大で、TVをはじめとするマスコミも巻き込み、番組司会者やコメンテイターも一緒になって、問題から眼をそらさせ、震災や原発事故がなかった3年前に引き戻そうとしているように思えてなりません。オリンピックの開催が決まれば、これまた世の中浮かれ切って、原発の終息の先が見えず多くの避難している人達を尻目に、大騒ぎするのが眼に見えるようです。

世の中の所謂、売れている音楽家が作り出している音楽から、そのことが何も聞こえて来ず、その人達の発言にもその片鱗すらありません。同じ音楽家として残念です。もしそのような心があるなら、音楽で大々的に云わなくてもいいけど、なにかインタビューやネットなどでポツリと云ってくれないかなぁ、影響は大きいと思いますよ。いままで無関心だった多くの人が考えるきっかけになると思いますよ。

 

Search
Feeds

Return to page top