- 2020年6月28日 16:12
長応寺異聞 その2
多分、冬が過ぎてもまだ寒かった頃だと思うけれど記憶がはっきりしない。本堂の片側の部屋で深夜目が覚めると目の前を蝙蝠が飛んでいた、否、舞うと言った方がいいかもしれない、豆電球に照らされた十五畳程の部屋の空中を蝙蝠が三匹、縦横無尽に舞っていた。瞬くことすら出来ない素早さで、三匹の蝙蝠が舞っていた。狭い部屋の中で、豆電球の回りを、何処にもぶつかることも無く、羽ばたきの音すらしない。深夜の本堂の静寂の中で蝙蝠達は障子にその影を映し部屋を大きな走馬灯に変えた。僕は移り変わる影すら追うことも出来ず、唯、唯その光景を眺めていた。
何れ程の時が経ったのかは判らなかったが、僕に気がついたのか蝙蝠達は一瞬にして姿を消した。おそらく鴨居のすきまにあっという間に入り込んだのでしょう、壁の間に巣を作っていたようだ。ぼう然とした後には豆電球の薄明かりに照らされた真夜中の本堂の静寂が残された。それ以来蝙蝠は出なかった。
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