私の秦琴の糸のこと、また昔の中国の絹絃の事情

  • 2015年9月 5日 15:40

秦琴の糸は特製極上銀付で、先に銀色がついていますが、極上用の生糸を使っている、ということでした(丸三ハシモト)。楽器の糸を特別に製作してもらえるのはちょっと誇らしいです。ありがとうございます!

ここからちょっと長いです。写真は私の糸の桐箱と、中国明代の『太音大全《太古遗音》』という書物です。

現在の糸は「生繰り(繭の中の蚕が生きたまま、もしくは仮死状態で糸を繰るということ)」で繰られた糸ですが、中国の明代の皇族であった、朱権(しゅけん、1378〜1448)が著した『太音大全《太古遗音》』に、当時の絹絃についての興味深い事情が記されています。この書物は宋代の田芝翁という人が残した書物を参考にしているということです。

「・・・今只用白色柘絲為上、原蚕次之、非此二絲則擇其生繰者、塩蔵繭者不堪用・・・今人蚕蔵多用塩蓋欲絲性常滋、而重於貿易也、用此絲打絃肫而易断、遇陰雨則湿而不鳴、塩之性存也、城市鬻絃者、往十皆用此絲為絃、奚暇揀擇、以此知絃之不可不如自作」

「・・・今は只白色の柘絲を用いることが上等で、原蚕はこの次である。そしてこの二絲は必ず其の生繰のものを択(えら)ぶ。塩蔵繭は用いるに堪えない。・・・今の人は蚕(の繭)を貯蔵するのに多くは塩を用いる。と云うのは糸の性質を常に良く保ち取引を重ねることを望むからである。この糸を用いれば、絃をていねいに弾いても切れ易く、陰気な雨に遇って湿れば鳴らなくなる。塩の性質が残っているからだ。市場で絃を売っている者のほとんどがこの糸を用いて絃としている。此のことから絃は自分で作ったほうがいいことが知られるのである。」(原蚕は年に二回繭をつくる蚕のこと、柘絲は山桑を食べた蚕からの絲)

このように、「生繰り」の糸が良いということは、ずいぶん前から知られていたようです。ただ、書物的にはこのようですが、この「生繰り」はおそらくもっと前から行われて来ているとおもいます。なぜなら、中国楽器史上、二千七、八百年前の春秋戦国時代あたりに登場してきた琴や瑟は当時はおもに宗廟雅楽に用いられていた楽器で、その絃が一般庶民に出回ることはなかったわけですから、商売をするために塩蔵する必要はなかったのです。ですからその当時からおそらく「生繰り」の糸が使われていたのでしょう。

詳しく知りたい方はこちらのサイトを織らん下さい。
http://akifukakusa.com/shinkin_new/silkstrings.html

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