- 2020年6月30日 21:22
長応寺異聞 その3
和尚が与作と云う名前を付けてたノラ猫がいたんだけど、お寺の回りをよく徘徊していた。ノラのわりにはけっこうふっくらとしていて、白い毛が汚れて灰色のようになっている白黒のブチ猫でさながらこの辺のボス猫のよう感じだった。鼻のところが半分黒くなっっているので遠目でもすぐに与作とわかるような見た目はけっこう愛嬌があった。遠くから与作を見つけ、おーい与作、って声を掛けると、キョトンとした目でこっちを見てるけれどけっして人間との間合いをつめることはしない、少しでも近寄ろうとした途端にさっと逃げてしまう。なんでお寺の回りをうろうろしてるんだろうと思っていると、前にも書いたお寺の飼い猫、雌猫のアーニャの餌を食べに来てるんだね。
アーニャも怖がっているのかそれとも食べさしてやっているのか判らないけれど、あるとき盗み食いしている与作と遭遇した、ものすごい勢いで庫裡の廊下を逃げ回り飛び出して行った。そんな与作も裏のお墓の隅に立っている高い杭の上で夕暮れ時に山を見ながら静かに一人座っている姿はなかなか威厳があり瞑想的だったですよ。
そんなある日、和尚が生まれたての子猫を拾って来た、道路のかたすみで息も絶え絶えでミャーミャーとないていたそうだ。当然ほっておけない和尚は寺に持って帰って来た。それから四、五日くらい経った頃だったか、あれほど人間には近づかなかった与作が皆がいる庫裡の廊下のガラス戸越しに何回も来てじっとこっちを見ていた、なんとなく心配そうに。おっ、与作、そうかー、この子はお前の子かー。というか、じつは与作はメス猫だったんだよね。
兎にも角にもその子猫も元気になりめでたく和尚の知り合いにもらわれていった。けっして人間に近づかなかった与作、というか与さ子の母性だったんですね。それから相変わらず寺の回りをウロウロしていたけれど、しばらくしてその姿も見ることはなくなった、多分人知れずどこかで死んでいるのでしょう。いまでも時々思い出す与作、与さ子かな、のことを。
- Newer: 二年前の投稿、萩原慎一郎歌集「滑走路」再び
- Older: 三味線の最大手「東京和楽器」が廃業したようです