ある日の夕方 本堂の廊下に一人座っていると
一匹の狐が境内をゆっくりと横切って行った
チラリ、チラリ、と私を横に見ながら
尾を下げ、頭を下げて、寂しげに


幾日かして私は高い熱を出して寝込んだ
何日も熱が引かず寝たまま動けずにいたある日の夜
天井の上を川の流れる音がして目が覚めた
時に岩にぶつかる様な 時に下に落ちる様な


私の体は寝ている布団のまま静かに浮かんで
畳の上をゆっくりと滑るように動き出した
左に流れ 右に流れ


いつの間にか私は又深い眠りに落ちた


どれ程眠っていたのかわからないが
ドゥドゥと流れ落ちる滝の音に目が覚めると
私は大きな木の下の剥き出た太い根に横たわっていた


滝壺に叩き付けられた水が霧に変わり辺り一面を潤し
立ち昇る霊気は木に、岩に、大地に深く沁み入り
私の体は太い木の根に少しずつ沈んで行く


ふと見ると 小高い岩の上に 遠くの崖の上に
幾匹かの白い狐が 見守る様に静かに私を見つめている


此処は何処だろう いつから此処に居るのだろう
何処かに置いてきた様な私の意識はゆっくりと薄れて行き
滝の音は耳の奥に螺旋を描きながら 遠くに遠くに落ちていった

 

もうすっかり夜は明けて
鳥の鳴き声は忙しくその日の準備に追われていた
その時にはもう熱も随分引き 天井の川の音もしなくなった

 


今でも夢か幻か判らない